やまねこの物語

おでかけ ドイツ・ニュルンベルク

旅の目的

時期

オペラ鑑賞

2004年6月末

 

    約して頂いていたチケットを取りに一度劇場へ向かい、その後オペラが始まるまでの時間に、今回観るオペラ、リヒャルト・ヴァーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の第一幕の舞台となっている聖カタリーナ教会へ向かうことにした。この教会は1295年に建設され、17、18世紀にはマイスタージンガーの集会場所として実際に利用されていた。第二次世界大戦の空襲で破壊され、現在は廃墟となっている。その聖カタリーナ教会は前日に場所を調べていたので、比較的簡単に見つけることが出来た。聖カタリーナ教会は壁だけが残っている。「残っている」と言うよりは「残されている」とした方が良いかも知れない。

    間があればハンス・ザックス像も見たかったが、こちらは残念ながら見ることが出来なかった。聖カタリーナ教会を見た後、その周辺を回ったが、そこでオペラが始まる時間が近づいていることに気が付き、少し急いだ。しかしニュルンベルクに詳しい友人のおかげで無事劇場にたどり着くことが出来た。今回のニュルンベルクへの旅において、ガイド的なものだけでなく、生活していた人の目から見た街の案内があって、友人のおかげで別の角度から街を見ることが出来たのは良かった。また個人的には友人が以前生活していた場所を知ることが出来たのが良かった。

ニュルンベルク中央駅
ニュルンベルク中央駅

信号
信号
何故2段になっているのだろうか

堀

ケーニヒ門
ケーニヒ門

街並み
街並み

マウトハレ
マウトハレ
1498-1502年に建てられた穀物と塩の倉庫

警察
現在の警察
 

ナッサウアーハウス
ナッサウアーハウス
ニュルンベルク民家の最古の形とされる。

街並み
街並み
ニュルンベルクの街灯はミュンヘンと違って
いわゆる省エネ電球を使っている

 

廃墟のまま保存されている聖カタリーナ教会
廃墟のまま保存されている聖カタリーナ教会

廃墟のまま保存されている聖カタリーナ教会
廃墟のまま保存されている聖カタリーナ教会

    ニュルンベルク州立劇場はリヒャルト・ヴァーグナー広場に建ち、1905年10月1日にヴァーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の前奏曲と最終幕の上演で開場した。1935年、第三帝国下で改築され、建設当時のユーゲントシュティール様式の外観が失われたが、内装はユーゲントシュティール様式を受け継いだものとなっている。(再こけら落としは1935年9月10日、フルトヴェングラー指揮「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。観客席には総統ヒトラー、ヴィニフレード・ヴァーグナーの姿もあった。)

    ーゲントシュティール様式は世紀末芸術として19世紀末から20世紀まで、当時最も流行していた様式である。当時のニュルンベルクはカイザーブルクや旧市街地の建築などに見られる重いイメージで劇場を建設したのではなく、曲線を伴った女性的で繊細なイメージで劇場を建設しているということから、極端に言えば、伝統よりも流行を追ったと言えるかも知れない。ところが第三帝国下での改築において外観はより古い、重いイメージのある、また街の風景に溶け込んだドイツ・ルネサンス様式となった。しかし内装は新しいものが受け継がれた。これらのことから第三帝国は新しいものを受け入れつつ、ドイツの古い伝統を受け継いだと言えるかもしれない。

    ニュルンベルク歌劇場での「マイスタージンガー」で一番驚いたのは、第三幕の舞台背景に第三帝国時、国家社会主義者が党大会を開催するためにニュルンベルクに建設したツェッペリン広場の写真が使われていたことだ。広場正面にはギリシャ建築のように何本もの石柱が建てられており、それぞれの柱の間には党のシンボルであるハーケンクロイツのついた大きな旗が下げられている。そして神殿屋根の上には大きなハーケンクロイツと鷲の紋章がある。背景のそれはモノトーンであったが、それらの光景は見るものを圧倒させるものだった。そういえば現在のニュルンベルク歌劇場での「マイスタージンガー」は、1935年第三帝国下で使用されていた演出の一部が、そのまま使われているとのこと。舞台最後にはハーケンクロイツが隠され、背景は現在のドイツ連邦議会となった。よく目にするガラスのドームの建物である。第三帝国から現在のドイツ連邦共和国へ、この演出はもしかすると第三帝国が歌劇場改築の際に直面した伝統に対する闘いと同じものかも知れない。

    かしいずれにしても、流行を追ったと見えるユーゲントシュティール様式にしても第三帝国の存在にしても、ドイツ人自らが選んできたという伝統は受け継がれてきている。新しいものを受け入れながら、古き伝統を受け継いでいくこと、そのドイツ人の精神にドイツのドイツたる所以があるかも知れない。オペラの登場人物の一人である靴職人ハンス・ザックスは旧来の規則に拘泥しない芸術感、俗物的な反対者の攻撃を受けたにももかかわらず最後に王者としての地位を獲得する。そのように考えるとハンス・ザックスは最もドイツ人らしいドイツ人かも知れない。そのハンス・ザックスの中にヴァーグナーは音楽界における自分自身を描こうとし、第三帝国はそのヴァーグナーの作品を例えば党大会などで演奏してその意識を受け継いだ。そしてそれがオペラの演出にあったように第三帝国からドイツ連邦へと受け継がれている。

    ペラの最後ではドイツ芸術の伝統が守られてきたことを説き、ドイツ芸術を讃えて終わる。国家社会主義者が党大会をこの地で開いたのは、帝国議会がこの地で開かれていたという神聖ローマ帝国からの伝統を引き継ぎ、歴史の継続性を強調しようとした理由があった。伝統を守ること、それを伝えること、これらは今後に置いても様々な場所で直面する問題である。重要なことは新しいものを頭ごなしに否定することではない。そこからまた新たな「らしい」ものが生まれる可能性もある。そういった「伝統」を意識しながら僕はオペラを観ていた。

ヴァーグナー像
ヴァーグナー像

ニュルンベルク州立劇場
ニュルンベルク州立劇場 

ニュルンベルク歌劇場
ニュルンベルク歌劇場

ニュルンベルク歌劇場
ニュルンベルク歌劇場

ニュルンベルク歌劇場
ニュルンベルク歌劇場

ニュルンベルク歌劇場
ニュルンベルク歌劇場

ニュルンベルク歌劇場
ニュルンベルク歌劇場

ニュルンベルク歌劇場
ニュルンベルク歌劇場

ニュルンベルク歌劇場
ニュルンベルク歌劇場
この階段は第三帝国下で改築されたもの

ニュルンベルク歌劇場
ニュルンベルク歌劇場
この階段は第三帝国下で改築されたもの

オペラ上演後の挨拶
オペラ上演後の挨拶

夜のニュルンベルク州立劇場
夜のニュルンベルク州立劇場

    ころで僕と友人はこの日の「マイスタージンガー」の前日、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場で同じ演目を観る機会に恵まれた。それもあってか頭からマイスタージンガーの曲が離れないほど今回の旅は印象に残った旅であった。

    回のニュルンベルクへの旅において、ページの一番最初に挙げた歌手の方には本当にお世話になった。どうもありがとうございます。と、同時にお疲れ様でした。オペラの後、来た時と同じようにアウトバーンでミュンヘンに戻ったが時間は既に午前2時を回っていた。本当にどうもありがとうございました。(2004年6月末ニュルンベルク編完)

 

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